2016/05/25

「ジャンル」に縛られている限り、新しい物は生み出せない

何やら反論を呼びそうなタイトルですが、たまにはね。


自分の曲を「ロックです」とか「なんとかトランスです」とかいう風に紹介しているツイートをよく見かけます。別に珍しいことではありません。

ジャンルを提示することで、まだ曲を聴いていない人でも、どんな曲かをなんとなく想像することができます。ロックならきっとギターがぎゃんぎゃん鳴っているんでしょうし、なんとかトランスなら4つ打ちにノコギリ波シンセが乗っかっているのでしょう。

これはもちろん利点でもあるので、ロック好きに聴いてほしいなら「ロックです」と紹介すれば聴いてもらえるでしょう。
依頼されて作曲するような場合も、「ロックを作ってください」と言われればその時点でなんとなく構想ができあがるでしょう。ロックという言葉だと幅が広すぎる感はありますが。
共通認識を形成するには便利な概念です。


しかし、作曲をするときには、「ジャンル」は足かせになってしまうこともあります。

「ロックを作ろう」という気持ちで曲を作っていると、ロックの枠に収まる曲しかできません。いわばその人がこれまで聴いてきたロックの焼き直しです。
「俺は一生ロックしかやらねえ」という硬派な方はそれはそれでいいのですが(そういう方はこんな文読んでないでロックしててください)、創作を行う者として、過去の作品の焼き直しばかりやるのは面白くないなあと感じます。

ジャンルを聴いただけで曲調の想像がつくというのも、マイナスに働くケースもありえます。
せっかくジャズ好きの琴線に触れるような要素を盛り込んだのに、「ロックです」と紹介することによってジャズ好きに敬遠されてしまう、など。

ジャンル分けとは言ってしまえば単純化、デフォルメです。複雑なものを分かりやすくするためにすることです。
創作の時点でそれをしてしまうと、分かりやすい、単純なものしか出来上がりません。
過去のどの作品、ミュージシャンに似ているかというのがジャンル分けの基準ですから、極論、「ロックを作ろう」は「ビートルズをパクろう」と同義だとすらいえます。創作の幅を大きく狭めてしまいます。
私はビートルズがロックバンドだとは思っていませんが。

と、以上はあくまで作り手側の話で、お店や聴き手がジャンル分けをすること自体は否定していません。

作り手は、面白い、かっこいい、気持ちいいと本能の感じるままに作って、発表するだけでいいんです。
ジャンルは聴き手側が勝手に付けてくれます。そういう意味で、聴き手が自由にタグを編集できるニコニコ動画はいいプラットフォームだと思います。


私は、どのジャンルにも分類しがたい音楽が好きで、自分でもそういうものを作っているつもりです。
出来上がってから聴いてみて「このジャンルの要素入ってるなー」と思うことはあれど、制作中にそういうことを意識することはほとんどありません。
安易なジャンル分けなどさせないぞ、という聴き手への対抗意識すらたまに持ちます。
もちろん付けてもらったジャンルに対しては、それがその人なりの感性だとして、敬意を持って受け入れますけれども。

「ビートルズはポップかロックか」という論争が世界のどこかでされているらしいです。
いいじゃん、「分類不能ミュージック」で。